ポケットの中の愛読書
境の駅に着いた。去年の?いや一昨年の暮れだったか、
誰かと一緒に此処を通った気がする。どこにでもありそうな
ターミナル。でも見覚えがあった。とりあえず階段のほうに
足を進めた。
そのとき、頭の中をふっと影が過った。
「団地経由かぁ...少し遠回りだね...」
やっぱり誰かと一緒にこの階段を降りた気がする。その階
段を僕は今、登っている。改札の前に来てそれは決定的なも
のだと確信した。
「清算済ませたの?」
そうだった。この狭かった改札口。横須賀の帰り確かに此処
をとおった。僕は足早に南口に降りた。南口は何回も来たこ
とがある。偶然にも狛江行きのバス停の前で、先輩にあった
ことがある。彼女も卒業し、北口から帰った女性も隣にはい
てくれない。調布方面のバスは、三鷹よりも少なかった。
吉祥寺よりは辛いことが少ない街ではあるが自分だけが取残
されて、いや過去すら忘れて惰性で生きている気がした。
それよりさっきからどうも、ダッフルコートが重く感じる。
ポケットの中に何か入っているようだ。中をまさぐってみると
ボロボロになった一冊の文庫本が出てきた。ずっと探していた
ものだった。「夢にまで見た君」...。
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