風邪と熱とそして君
今日はどうも熱っぽい。 仕事が終わり僕たちは帰宅の途についた。 5人ほどで帰っていたが、 秋葉原で僕は降りるつもりだったのに、 気づいたらドアが閉まりかかっていた。 立っていたまま眠っていたらしい。 起こしてくれないなんて薄情な奴ら! しかたない、新宿-高田馬場経由で帰るとするか・・・ ふと周りを見るとまだ2人のっていた。 1人はちゃっかり座っていた。 残業のあと、この2人と一緒に帰る時は、 いつもこっち経由だから何も気にしなかったらしい。 市ヶ谷で立っている方の友人が降りた。 残っているのは僕と君だけだ。 普段だったらずっと続いて欲しい時間なのだが、 今日は早く帰りたい気持ちが先走っていた。 「ねぇ?何か顔色悪くない?」 「そう?眠いだけだよ・・・」 「席、変わろうか?」 「ううん・・・いいよ・・・」 「っていうか。変わりなさい!」 ・・・ もう何も逆らえなかった。 本当に辛かったので彼女の言いなりになってしまった。 (ありがとう・・・) でも声に出す元気も無い。 代々木で僕は声をかけられた。 「次、新宿だよ」 僕には帰る気持ちも失せていた。 「どうするの?」 「一往復でもすれば、目が覚めると思う・・・」 「家まで送ろうか?」 「いいですよ・・・時間が経てばきっと・・・」 声にならない! 「じゃあ、武蔵境でも帰れるよね!」 「・・・は・・い・・・・」 「暫く寝てなさい!」 「・・・」 ・・・・・・・ 気がついたら僕は三鷹の駅のベンチに座っていた。 どうなったのかな? そのとき、不意に首筋に熱いものが! 慌てて振り向くと、 烏龍茶の缶を持った彼女が笑っていた。 「・・・」 僕には何が起きたのかさっぱりわからなかった。 「どうしたの?そんなに慌てて?」 「なんで・・・三鷹に・・・いるのかな・・・・?」 「私が引き摺り下ろしたのよ!世話かけちゃって!」 「ごめんなさい・・・」 彼女がいきなり缶を投げ、 意識がまだもうろうとしている僕は、 かろうじてキャッチした。 暖かかった。 「のみなよ!」 そういって、僕のとなりに座った。 僕は彼女からもらった缶を開けた。 「ゴメンネ。こんな所まで付き添わせちゃって・・・」 「いいって!それより少しは目が覚めた?」 「うん。さっきよりはね。」 「バスあるのかなぁ?」 「大丈夫だよ、きっと。」 僕はだいぶ調子を取り戻してきた。 彼女は僕が飲んでいる缶をいきなりとって 「じゃあ、そろそろいこうか?」 僕はもう少しここにいたかったが、 何も言う事ができず肯いた。 僕がそのまま改札をでようとすると、 「清算済ませたの?」と言われて 慌てて精算所を探した。 まだ、やはり熱っぽい。 駅を降りるとちょうどバスが出てしまった瞬間だった。 よくみると、もう一台とまっている。 「団地経由だね、駅も違うし。 私には便利なんだけど。遠回りになるけどいい?」 「はい。」 これ以上彼女には甘えられないと思った。 バスはがらがらだった。 僕たちは後部座席に並んで座った。 このぐらい至近距離に座るのは初めてじゃないけど、 でもこんなに緊張したのは初めてだった。 肩と肩との隙間がほとんど無い空間で 僕の鼓動がなんだかよくわからないけど激震していた。 彼女が何か話しかけてくるたびに、 熱も騰がってくる気がする。 ものすごく身体的には辛かった。 でも僕はこの時間がずっとずっとずっと続いて欲しいと思った。 終着駅についた。 「もう一駅は自分で大丈夫?」 「はい。ありがとうございました!」 僕はもっと伝えたい事や本音があるのに 何も言う事ができなかった。 ただお互いに「またね!」と言ったその後、 時間が止まったように、 お互い暫く動けなかったことがうれしかった。 僕が動けるようになったのは、 彼女の姿が完全に人の雑踏に紛れ、 姿が消えてからであった。 もどる